RAPT氏の言葉に真理はありません。その27                                      ~朝の祈り会の配信と有料記事の失態と反論~

久しぶりに記事の更新になります。

現場で従事することが増えたせいもあって、ブログを書くのが億劫になっていましたので、記事のストックはいくつかあるのですが完成するのに時間を要してしまいました。

まあ、私のやっていることは、むしろ、RAPTの宣伝をしているような感じにさえ取られてしまい兼ねませんね。(笑)

今回は2つ取り上げたいと思いまして、一つは2026年3月7日の有料記事の見出しからになりますが、RAPTが書いている一文一文に反論を添え、もう一つは2025年11月8日の朝の祈り会の配信の見出しからになりますが、ここには重大な過失が存在していることを説明したいと思います。

RAPT有料記事1003(2026年3月7日)世の人々が苦しそうな顔をしていないからといって騙されてはいけない。仕える心で彼らのために祈り、彼らを地獄の苦痛の中から救ってあげなさい。

この見出しですが、明らかに主語を間違っています。

「世の人々が」ではなく、「RAPTを信じてしまった人達が」の間違いです。

主語をそのように置き換えた方が、逆に意味が通じるでしょう。

つまり、RAPTを信じてしまった人達が苦しそうな顔をしていないからといって騙されてはいけない、ということです。

RAPTを信じてしまった人達こそ、本当は地獄の苦痛の中にいるはずですが、RAPTにはそれが全く理解出来ていないのです。

いや、RAPTだけでなく、RAPT信者さえも気付いていないのが現状です。

RAPTが示す信仰生活なんて、地獄の苦痛そのものですよ。(笑)

そもそも、どうして「騙される」という概念になるのでしょうか。

世の人々が、その表情で多くの人々を騙しているかのような主張になるのが、全く理解不能なのです。

と言いますか、表情で他人を騙せるほどの卓越した演技力を持っているならば、芸能人として活躍できますよ。(笑)

加えて、世の人々が全員苦しそうにしているかのような決め付けは、一体、何を根拠に主張しているのでしょうか。

まあ、決め付け行為はRAPTの得意技の一つでもありますが。(笑)

世の人々全員が地獄の苦痛の中にいると、何を根拠に主張しているのでしょうか。

楽しそうにしている人もいれば、苦しそうにしている人もいるでしょう。

はっきり言わせていただきますが、苦しそうな顔をしている人は、本当に苦しいのですよ。

はっきり言わせていただきますが、楽しそうな顔をしている人は、本当に楽しいのですよ。

私の身近でも、現在の境遇に苦しんでいる人は苦しそうな顔や雰囲気を出していて、笑顔なんて作れたものではありませんし、何も問題なく生活しているような人は、その顔や表情に表れていて、会話にも表れています。

殆どの人達が、現在の境遇における自分の感情を、意図的に隠そうとしても隠せないのが現実だと私は思います。

心の状態が顔や行動にそのまま表れるのが人間だと言っても良いでしょう。

勿論、場面によってはそれを隠すこともあるでしょうが、意図的に隠しながら仕事や生活をし続けるなんて、到底無理でしょう。

むしろ、隠して生き続けるだけの精神力があれば、神なんて必要ないでしょう。(笑)

全くもって、意味不明な見出しなわけです。

では、この見出しについてRAPTは何と説明しているのか、ダイジェストを見てみましょう。

この世の人々は、顔は笑っていても、心の中には絶えず大きな苦しみを抱えながら生きています。

あのさあRAPTさん、小さな苦しみならばいざ知らず、心の中に大きな苦しみを抱えた人間が笑顔を繕うのは非常に困難だと分かっていますか。

心の中が晴れやかだからこそ、顔で笑うことが出来るわけで、顔は人間の心を表していると言っても過言ではありません。

目は口程に物を言う、ということわざの通りですよ、RAPTさん。

好きな人に会えば自然と笑顔になるでしょうし、嫌な人に会えば引きつるような顔にもなるでしょう。

このような人間の摂理さえ理解できないRAPTなんて……。

神様を知らず、この御言葉を知らずに生きるなら、誰であれ、様々な苦悩、不安や心配に心を押しつぶされながら生きるしかありません。

私は、神やRAPTを知ってしまったために、様々な苦悩や不安や心配に心を押しつぶされそうになりました。(笑)

神を知らなくても、幸福そうな人は山ほどいますよ。

どうして「神を知らない=苦悩、不安、心配」という方程式になるのか、私にはさっぱり理解できませんし、むしろ、「神を知る=苦悩、不安、心配」という方程式の方がはるかに成立していそうですが。

しかも、多くの人々がそんな心の内を誰にも打ち明けることができず、あるいは打ち明けたとしても、誰にも解決してもらえずに、悶々としながら毎日を生きています。

一般の人々には、家族や友人、仕事仲間など、数々の人間関係を持っている人々が圧倒的でしょうから、その中の誰かに悩み事など相談できるはずです。

むしろ、神やRAPTを知って信仰生活をすることこそが、誰にも打ち明けることが出来なくなってしまうでしょう。

私がそうでしたから。

しかも、神やRAPTに相談しても何一つとして解決できませんでした。(笑)

私は過去に借金を親に肩代わりしてもらい解決したことがありましたが、これは人間が解決してくれたことであり、信仰を持って会社経営において窮地に追いやられた際にも、神は何も手助けしてくれず、最終的には借金をして窮地をしのぎましたが、これも人間が解決してくれたことでした。

神であれば、目の前に大金を用意するくらいの有り得ない奇跡を起こしてもらいたいものですよ。(笑)

人間の悩みの多くはある程度共通していて、生きていれば誰しもが似たような経験をすることが多いでしょうから、人間同士で解決できる話であり、神の力なんて一切必要ありませんし、下手に神に手出しされれば、解決するものも解決しなくなりますよ。

いやむしろ、かえって事態が悪い方向へ向かうことも少なくありません。

だって、神の本当の正体はルシファーなんだから。

川田さんが離婚してしまったのも事態が悪い方向へ向かった証拠です。

離婚という結果でなく、どうして元の鞘に収まるように神は事態を良い方向へ向かわせることが出来なかったのか、その方が遥かに問題なわけで、それを誤魔化すためにRAPTは「人間にある自由意志」を持ち出して「神は人間の自由意志に手出しできない」と詭弁を弄するのです。

自由意志に手出しできない神なんて神じゃないでしょう。(笑)

信仰の妨げになる人間関係は切らなければならない、というRAPTの教えは、一見するとまともに聞こえるかもしれませんが、よくよく考えれば、神の力が有るならば、信仰の妨げにならないように人間関係を良好にする手助けをすべきだと思いませんか。

RAPTは「神が人間を使って解決してくれた」とよく言いますが、私には「神が人間を使う」意味が分かりませんし、神の力を無理矢理に主張した詭弁にしか聞こえませんし、そもそもが神は一切関係なく、単に人間が解決してくれただけのことで、RAPT本人にとっては奇跡的だと思ったから神を持ち出したに過ぎないでしょう。

人間を使うことなく神自らが解決してくれないと、本当の意味で奇跡とは言えないでしょう。

だから、信仰生活の方がよっぽど悶々としながら生活を余儀なくされるのです。

しかもRAPTの教えは、人間関係を断ち切ることが基本なので、それによって誰にも相談できなくなり、解決も出来なくなる、となってくるのです。

神との関係のために人間関係を切るというのも全くもって意味不明ですが。(笑)

つまり、この一文の主語も「多くの人々」ではなく「全てのRAPT信者」に変えるべきです。

皆さんも御言葉を聞いて救われるまでは、そのような苦しい毎日を生きていたはずですが、この御言葉を聞いて救われてからは、それまで心にあったどんな苦悩も不安も心配も全て解決して、喜びと希望の中で生きられるようになったはずです。

だからさあ、どうして全ての人々が苦しい毎日を送っていると決め付けるのかなあ。

逆ですよ。(笑)

RAPTが語るいい加減な御言葉のせいで、不安と絶望の中で生きて行く羽目になるのですよ。(笑)

RAPTを信じてしまえば、それまで得て来た喜びや希望を失う結果と成り兼ねません。

だいたい、RAPT集団の神の証を読めば、御言葉を聞いていながらも様々な問題に直面しているわけで、ということはその時点では不安や心配、苦悩に苛まれていることになっているわけですから、何も解決していないことになるわけです。

たとえ一つの問題が解決したとしても、再び新たな問題に直面するわけで、このような事態でありながら「全て解決」とようも言えたものです。

本当に「解決した」と言うならば、神を信じている間は二度と何らかの問題に直面することはあってはなりませんし、許されることでもありません。

ところが、RAPT集団の現実は様々な問題に繰り返し直面する羽目になっていて、これでは自分たちで神の否定を主張しているに等しいと言えるわけです。

こういう人間(墓穴を掘っているのに全く気付かない人間)のことこそ、本当の馬鹿で阿呆と表現するのです。

私たちは、この世の人々が未だに様々な苦痛と苦悩の中で生きているということを深く理解し、仕える心で彼らのために真心から祈ってあげなければなりません。

まあ、そもそもがRAPTらの祈りは、何の効力も発揮していませんから、あなたがたが祈るだけ時間の無駄ですし、あなたがたの存在自体がむしろ害でしかありません。

と言いますか、あなたがたの祈りの力が本当にあるならば、世の中の人々が信仰生活をする必要はなくなる、ということにもなりますが、それで大丈夫ですか?

だってこの一文は、「あなたがたの祈りさえあれば、世の中の人々を救える」、と言っている様なものではありませんか?

そう言っておきながら「現実として世の中の人々は救われていない」というのがRAPTの主張であり、これではこの一文は支離滅裂状態になっていると理解できますか?

つまり、「祈りの力が有るから世の中の人々は救われる」という話のはずなのに、「祈りの力が有るのに世の中の人々は救われていない」という話になっているわけで、一体どっちが正解なのか分かりようが無い話になっているということです。

自分で祈りの力を否定していることに気付いていますか、RAPTさん。

祈りの力が有るという前提で語るから訳が分からなくなるわけで、つまり、「祈りの力が無いために世の中の人々が救われない」、という話の方が納得ですが、そもそもが、祈りの力の有無もさることながら、世の中の人々が救われるどうのこうのという話も戯言レベルであり空論レベルだということです。

RAPTの主張を客観的に冷静に読めば、矛盾ばかりであり支離滅裂ばかりだということが理解できるわけです。

そのような愛の祈りを捧げる人に、神様は豊かな祝福を与えてくださるでしょう。

本当に人々を救うことが出来れば「愛の祈り」と言っても妥当ですが、実際には祈りは何の効力も無いわけで、ということはRAPTの言う祈りとは、自己満足レベルで良いという主張なのでしょうか。

叶わない祈りを幾ら捧げたところで「愛の祈り」という言い草は、全くもって片腹痛いですよ。

これ、「自分さえ良ければいい」と考えている様な人間の言葉に聞こえますよ。

だって、全く効力の無い「世の中の人々が救われますように」という祈りが愛ある祈りになり、そのような祈りを捧げてさえいれば神が祝福してくれる、という話なわけですから、神からの祝福が世の中の人々に対してではなく、祈りを捧げた本人に与えられるという、到底信じられない祝福の形となり、結局は「自分の祝福のために、世の中の人々が救われますようにと祈る」となってくるわけです。

神の祝福の与え方としては、かなりの大問題でしょう。

豊かな祝福は、祈りを捧げられた相手(=世の中の人々)にもたらされるべきことであり、祈った本人に与えたって意味無いでしょう。

成功報酬だとしても、世の中の人々が救われていない限りにおいては、信者に祝福が与えられるなんて言語道断です。

これ、RAPTが言うサタンみたいな世界観ですよ。

どうしてそうなるのか、ルシファーだからですよ。(笑)

と言った具合に、突っ込みどころ満載の主張になっているわけで、これが神からの御言葉だなんて、聞いて呆れますよ。

しかも、幾度と無く似たような御言葉ばかりが繰り返されている始末で、このことに気付けないRAPT信者は脳死状態だと言ってもいいでしょう。

次に2025年11月8日の朝の祈り会の配信を取り上げますが、この内容こそ信者を騙し、かつ、聖書との矛盾を自ら露呈した失態まみれの朝の祈り会の配信となっているのです。

聖霊様からの啓示「神様に自分のすべてを委ねてこそ、神様が私たちの人生を真の幸福へと導いてくださる」
神様からの啓示「女の基準者が立てられたことで、これからは神様だけでなく、聖霊様も本格的に働くようになる。だから、神様の力が2倍になるということであり、神様の歴史はこれから2倍のスピードで成されていくだろう」

さて、この文章の何が問題であり失態なのか、皆さんはお分かりになりますか。

この内容は、まさに神の力が乏しい(私に言わせれば無いに等しい)ことを主張している内容なわけで、読んだ瞬間に気付けないようでは、RAPT信者は人間をやめた方が良いレベルでしょう。

少々雑談を書きますので、皆さんも何が問題なのか少し考えてみて下さい。

ちなみに、先日RAPT理論+αでアップされたミナさんの神の証の内容の一部から抜粋したものになりますが、相変わらず、馬鹿馬鹿しい内容の数々で失笑するしかありません。

RAPTの予言通り、イルミナティの裁きが加速しているみたいです。(笑)

これ、2018年辺りから言っていたように記憶していますが、それから8年経過して、加速レベルが車で言う10キロから20キロになった程度じゃないのか、と指摘したくなるくらいの裁きの加速具合です。

時間がかかり過ぎですよ。(笑)

いやむしろ、減速している感すら私は感じていますが。(笑)

そもそもがRAPTの予言というのは、「これからはイルミナティが裁かれる」「これからはイルミナティが滅亡する」といった具合に、非常に抽象的で、何とでも言い逃れが出来る言い方ばかりしているのです。

このような言い方は予言とは言えません。

本当の予言とは、世の中がいつどのようになっていくのか、イルミナティがいつどのような裁きを誰がどう受けるのか、その内容が具体的でないと予言とは言いません。

RAPTの発する予言の程度で良いならば、私でさえいくらでも予言できますよ。(笑)

「近い将来雨が降る」みたいに。(笑)

例えば予言というのは「2026年6月10日に九州の福岡市を震源とした最大震度8クラスの大地震が起きる」ということを言うのです。※これは私が勝手に作った内容です。

孫正義氏のことについても、例えば「2026年10月1日にソフトバンクが倒産し、日本経済がパンクし失業者で溢れる」というのが予言だと言っているのです。

事が起きてから「私の言った通りでしょう」と言われても、予言が当たったとは言いません。

予言とは、事が起きる前に具体的な内容を示したものでなければなりません。

RAPTは、中国共産党や日本の政治家たちのことに関しても「滅びる」とだけ言っていましたが、具体的にいつどのようにして誰が滅びるのか言及したことなど一度もありませんし、あろうことか仕舞いには、「活動できなくなることも滅びることだ」と、とんでもない言い訳をする始末でした。

「滅びる」と聞いて誰しもが「死」(この世からいなくなる)を連想するはずであり、「活動できなくなる」と連想する人は誰一人としていないでしょう。

苦し紛れにしては、余りにも出来損ない過ぎるRAPTの発言です。

恥ずかしくないのでしょうか。(笑)

まあRAPTは人として出来損ないなので、発言がそうなるのも当然ですが。

例えばRAPTは、高市早苗が総理となり衆議院が解散され自民党が圧勝することで国民が苦しむ、と事細かく予言できましたか。

例えばRAPTは、中東でアメリカのトランプ大統領が戦争を起こし、それによってオイルショックのような状態になり国民が苦しむ、と事細かく予言できましたか。

事が起きてから、「私が言った通り裁きが加速している」とか何とか言われても、信者は騙せても、一般人は騙せませんし、耳さえ傾けませんよ。

不幸事を含めた悪い出来事は、この世のどこかで必ず毎日起きますから、「神の裁きが加速する」とだけ言っておけば、必然的に当たっている風になるわけです。

インチキな占い師の方が、多少は具体性がある分、RAPTよりは遥かにましです。

事が起きてから行動し出すなんて、無能な警察集団と全く同じですよ。

私はこの世の中に警察は必要無いと考えている人間なので、事あるごとに警察のことは批判の対象にしますし、警察をやっている人間にろくなのはいません。

偏見だと言われるかもしれませんが、平気で弱い者いじめの様な真似(くだらない取り締まり)ばかりやっているのは事実であり、存在意義などありません。

そのようなくだらない弱い者いじめの様な業務だけでは飽き足らず、あろうことか権力者の犯罪を許す様な始末で、私であれば嫌気が指して退職さえ考えると思いますが、安定に胡坐をかいてその職に何十年と居座り続けるわけですから、だから私は警察にろくな奴はいないと主張しているのです。

警察が果たすべき本当の役割は、犯罪等を未然に防ぐことであり、取り締まりなどやっている暇は本来あってはならないのです。

取り締まりにより、暴走車両がゼロになっていますか。

取り締まりにより、飲酒運転がゼロになっていますか。

ゼロになっていれば私も警察を否定することはありませんが、現実を見ればゼロどころか増えているからこそ取り締まりをやるメリットが警察にはあるわけで、警察なんて世の中の役に一切立っていないと言えるわけです。

だから私は「神の力が本当に存在し、世の中に大きく反映されればどれだけ良いことか」と、心の底から思っているので、人々を騙し続けるRAPTの神やRAPTのことが許せなくなるのです。

神の力が有れば、警察の存在など必要なくなり、ルール違反者には神が罰を与えれば済む話となるからです。

神の罰を畏れ、全ての人間がルールを守るようになっていくでしょう。

本来はそうあるべきなのですが、現実は真逆なわけです。

神がいながら犯罪がゼロにならない現実こそ、神の存在の矛盾だとも言えるわけです。

話がかなり反れましたが、上に紹介した朝の祈り会の内容の何が問題なのかと言いますと、神と聖霊の2人で2倍、という部分が大問題であり大失態なわけです。

聖書には、「神の力を得れば一人で千人、二人で万人」という部分があるはずです。

つまり、10倍にならないとおかしい、ということであり、ましてや、神と聖霊の2者であれば少なくとも、100倍のスピードで加速すると言わなければ大失態だ、というわけです。

さらに言えば、RAPTの他にナナさん、川田さん、ミナさん、といった12弟子がいて、ということは少なくとも4人いるわけで、神と聖霊を加えれば6人ということになり、10の6乗倍のスピードで神の歴史が成されなければ嘘だという話になるのですが、そのことには絶対に触れようとしないRAPTです。

これは大失態を通り越して、絶対にあってはならないミスであり、神の力を根本から否定する重大過失発言でしょう。

神の世界においては、10倍、100倍、1000倍、のように、10の累乗で倍速していかなければならない世界のはずなのに、神自らそれを忘れていたかのような言葉を平気で発したわけです。

こういうのを世の中では、やらかした(しでかした)、と表現するのですが、RAPTにとっては「やらかした」となりますが、RAPTの神にとっては「してやったり」という故意でしかありません。

これは明らかに神の人間に対する愚弄ですが、そもそも10の6乗倍で神の力が働くなんて有り得ないことであり馬鹿げたことであることは、まともな精神の持ち主であれば誰でも分かることでしょうし、RAPTの神さえも分かっていることでしょうが、何も分かっていないのはRAPTとその集団と信者だけなのです。

RAPTの神の正体が、愛や義の神でも何でもなく、悪なるルシファーであることを示している証拠とも言えるでしょう。

RAPTを筆頭に信者たちは、このような重大で単純な矛盾に全く気付くことが出来ないわけで、そのような頭の悪い連中が世の中を変えるなんて絶対に出来ません。

だから現在に至っても、RAPTらが何一つとして成果を出していないことが何よりもの証拠です。

RAPTらが披露する神の証なんて、神の力を語るには余りにも脆弱過ぎて、人間の力でも簡単に出来るような話を神のお陰だと主張しているわけですから、世の中から見向きもされないのは道理だと言えるわけです。

実際に、RAPT自身が全然大したことないですよね。

神の力を得たはずの人間が、実際にやっていることは口だけです。

だから、朝の祈り会と有料記事を使って、口(言葉)で誤魔化し続けることでお金儲けするしか能が無いわけです。

朝の祈り会と有料記事とRAPT理論+αは、口だけで済むので絶対に頓挫しませんものね。

賛美歌や写真集のように頓挫した案件は行動で示すことになり、お金儲けに繋がらないというのもありますが、下手に世に出してしまうとボロが出てしまうので継続出来ないのです。

RAPTにとって、賛美歌に対するKさんの指摘は、物凄く痛手となったはずです。

だからRAPT理論+αの冒頭で紹介されている賛美歌は、Kさんが批評していない賛美歌を挙げているわけです。

RAPTさん、口だけでは世の中は絶対に変えられませんよ。(笑)

口を動かす前に体を動かしましょう。

そう言えば私の身近でも、人間性に問題のある奴というのは、得てして口だけは達者です。(笑)

結論として、RAPTの言葉(RAPTの神の言葉)には穴しか見当たらないわけで、このザマでは神の力が働いていると言われても、ママごとをしている幼子と同等にしか映りません。

はっきりと言えることは、神の歴史なんてものは一切存在しないし、人間の方がRAPTの神なんかよりも余程凄い力を持っていることを証明するようなRAPTの神の言葉だということです。

神の力が働いてRAPT程度で良ければ、ほとんどの人間に神の力が宿っていると言えるでしょう。(笑)

おそらくは、全ての有料記事、全ての朝の祈り会の配信に、突っ込みどころ満載であり、穴だらけでやらかしてばかりでしょう。

RAPT理論+αは、私がブログでも何度も指摘している通り、突っ込みどころ、つまり、穴しかありません。

まあ、一つ一つを検証するほど、私も暇ではありませんのでしませんが、時間があれば皆さんも一つくらい検証してみてはいかがでしょうか。(笑)

コメント

タイトルとURLをコピーしました