RAPT氏の言葉に真理はありません。その2                                                     ~RAPT理論+αのサイトの真意は如何に~

私は信仰生活をしていた間、RAPT理論+αのサイトを欠かさず読んでいました。

RAPT氏に洗脳されていた私は、そのサイトが自分にとって大変勉強になると信じて疑うことを知りませんでした。

これこそ主観的な物の見方です。

そして2025年6月上旬、私はキリスト教の信仰を捨ててRAPT氏を信じることをやめました。

そこで改めてRAPT理論+αのサイトを客観的な視点で見てみると、実に暗いニュースばかりが挙げられていることに、ようやく気付きました。

大事ですね、客観的に物事を見ることは。

ある意味ではそのことをRAPT氏を見て改めて教わりました。(笑)

RAPT氏曰く「聖霊の時代になると神の裁きが加速する」と言っていますが、普通に考えたら逆ではないのか、と思うのは私だけでしょうか。

「サタンが支配している時代が神の裁きとなり聖霊の時代になれば神の祝福が加速する」とならなければ単純に考えて整合性が取れないと思うのは私だけでしょうか。

これではサタンの時代と一体何の違いがあるのか、さっぱり分かりません。

百歩譲って、聖霊の時代となっていても暗いニュースがあるのはいいとして、流石にそればかりとなれば、本当に聖霊が働いているのか、疑う方が自然でしょう。

そもそも、本当に聖霊は存在しているのでしょうか。

申し訳ないですが、RAPT氏の活動を批評しますと、「人々の不幸を喜び、人々の幸福を無視」をモットーに活動しているようにしか映りません。

どうして「だれだれがバッシングを受けた」「日本人の生活が困窮した」「だれだれがテレビから姿を消した」「だれだれの悪が暴かれた」などの暗いニュースばかりを取り上げるのでしょうか。

まあ当然ですが「神の裁きが加速している」と言っている手前、暗いニュースばかりを取り上げるのは道理、と言いますか、そうするしかないわけですが、一方で「神の祝福が加速している」と伝える様なニュースは一切書いていません。

あなたがたは神の歴史を進行させようとしているのではないでしょうか。

実にやっていることが真逆です。

私の経験から言わせてもらえば、私が信仰を持とうと思った理由は、やはり自分にとって良いことがかなり起きたからこそです。

悪いことばかりが起き続けていれば、私は信仰を持とうという気になれなかったと思います。

何故かと言いますと、悪いことが起き続ける時の人間の気持ちというのは、非常にネガティブで否定的ですから、前向きになれようがないわけです。

それこそ「神には私を幸福にする気など無い」と考えてしまい、神を信じる気にさえなれないことでしょう。

たとえ自分が悪いとしても、他人のせいや環境のせいにして、自分を変えようという気力が湧いてこないからです。

逆に、良いことばかりが起き続けると、それこそ精神状態が良好になり、他人にも優しくでき、非常に積極的で、もっと自分を変えようと気力が湧いていきます。

「神は本当に私を幸福に導いてくれている」と考えるようにもなるでしょう。

私の記憶が確かならば、RAPT氏は工作員に向けて「不幸ばかりでどうして神を信じることができるのか」と言っていたように思いますが、その通りなわけで、しかし自分がやっていることは伝道するために不幸ばかりを伝えている始末です。

相手に信頼を抱く時というのは、相手が自分をよく理解してくれると感じた時になりますが、それと全く同じです。

自分に悪いことばかりする人に信頼を寄せる人なんて皆無でしょう。

悪いことが起きるから神に縋ろう、と考える人間が果たしてどれほどいるのか、むしろ人間の助けを当てにするのではないでしょうか。

現状を直ちに良くしたいという心理が働くはずですから、そもそもが神という考えに至りませんし、至ったとしても現実的に捉えないと思いますし、まず信じることが不可能です。

RAPT理論+αのサイトは、無理やり「神の裁き」とやらを思わせるようなニュースを拾い上げ、それを載せているに過ぎず、誰がこのようなサイトを見てキリスト教を学ぼうという気持ちになるでしょうか。

私であれば「神の祝福」としか感じられないようなニュースを拾い上げますが、RAPT氏らにはそれは出来ないわけです。

何故かと言いますと、祝福を受けていると感じる有名人たちは、全ての人達において神を信じていないからですし、そもそもが神の存在すら知らない人もいるでしょう。

世の中の人達が神を信じていない、もしくは、神を知らない以上、「神の裁き」と言えるようなニュースを拾い上げることしか出来ないわけです。

「神を信じないから不幸が起きるんだ」と言えるからです。

逆に祝福となると「神を信じていなくても幸福になれるじゃないか」と反論されてしまうでしょうから、RAPT氏らの立つ瀬が無くなるわけです。

こういうのを世間一般では「インチキ」と表現するのです。

以下に、祝福と言える世の出来事を書きますが、その内容の方がRAPT氏よりもよっぽど神業を成していると感じることが出来ると思います。

私はプロ野球が好きなので、プロ野球で例えます。

上原浩治さんは、元プロ野球選手で現在はユーチューバーとして、スポーツ番組のコメンテーターとして活躍している方です。

読売ジャイアンツやアメリカで活躍された方です。

その方が行っているユーチューブチャンネルの登録者数が100万人を突破したのです。

これは神業でしょう。

多くの元プロ野球選手がユーチューブで自分のチャンネルを作っていますが、上原浩治さん以外、2025年6月時点で誰一人として100万人を突破した人はいません。

古田敦也さんがもうすぐ100万人に到達しようとしているようですが、それだけ不可能に近い数字だということです。

しかも、プロ野球選手は確かに有名どころですが、芸能人や政治家と比較すれば知名度は落ちるでしょう。                                                                                           ※そう思わない人達も沢山いるでしょうが。

何せ、芸能人や政治家はほとんど全ての日本人に知るきっかけがあるのに対して、プロ野球は一部のファンの間で知名度が高く、先日お亡くなりになった長嶋茂雄さんなどの、野球ファンだけでなく多くの人々の記憶に残る大きな活躍をしない限り、現在では注目度が薄れているのは確かな事実でしょう。

昔はプロ野球放送でテレビの視聴率を稼ぐことが出来た時代でしたが、現在ではテレビの地上波中継は限られるものとなりました。

読売ジャイアンツ戦でさえ、地上波ではなくBSで放送するくらいに日本人の関心が昭和や平成初期に比べると薄れてきたということです。

そのような世界で活躍した方のユーチューブチャンネル登録者数が100万人突破ですから物凄い快挙と言えるでしょう。

また、2024年のプロ野球日本シリーズでは、横浜が日本一になりましたが、これも神業の一つでしょう。

横浜はセリーグで3位だったチームです。

一方でパリーグの優勝チームはソフトバンクで、圧倒的な強さを誇ってリーグ優勝しています。

91勝49敗3分というチーム成績でしたが、これだけ勝てるのもある意味では奇跡的なことでしょう。

ほとんどの人達がソフトバンクの日本一を予想したでしょうが、予想に反して横浜がソフトバンクを倒したのです。

横浜のチーム成績は71勝69敗3分で、この数字を見ても誰しもがソフトバンク有利と考えるのは自然でしょう。

しかも横浜は、2連敗した後から4連勝してソフトバンクに勝利したわけですから、これこそ神業です。

更にはアメリカのメジャーリーグで活躍している大谷翔平選手も、誰が見ても神業を成しているとしか思えないでしょう。

プロ野球の世界だけでも、「神の祝福」と言える出来事が数多く起きているにも関わらず、RAPT理論+αのサイトでは一切伝えません。

と言いますか、RAPT氏には神の力が働いているにもかかわらず、どうして上原浩治さんや大谷翔平選手以上の優れた圧倒的な神業を成している、と思わせることが出来ないのでしょうか。

RAPT氏の神の力とやらは、人間以下のものなのでしょうか。

上原浩治さんは、ユーチューブチャンネルを開設して数年で登録者数100万人突破ですし、横浜は6日間(厳密には移動日を挟む7日間)で日本一、大谷翔平選手は半年ほどで驚く結果を出しているというのに、RAPT氏は10年以上経過しながら、何を成し得たというのでしょうか。

これで「神を信じなさい」と言われても、かなり無理があると誰でも思うでしょう。

もしも大谷翔平選手が「キリスト教を信じましょう」と言えば、きっと多くの人が信じることでしょう。

申し訳ないですが、RAPT氏には、そのような魅力的な人間にはどうしても見えないわけです。

RAPT理論+αのサイトは本当に暗いニュースばかりで、読めば嬉しくなるどころか、むしろ、心が沈んでくるのではないでしょうか。

客観的に考えても、暗い話題しか提供できない人たちから、喜びや希望が伝わってきますか?

暗い話題しか出来ない人というのは、基本的に心に闇や絶望を抱えているからではないでしょうか。

希望に満ち溢れた人にとって、心に闇を抱えた人は害でしかありませんし、希望に満ち溢れた人から暗い話題が発せられることもありません。

いや、たとえ暗い話題があったとしても、それを明るい話題に変えることさえ出来ます。

だから、RAPT氏やその周辺にいる人達は、実は心に大きな闇を抱えていてそれを隠しているのではないかとさえ勘繰ってしまいます。

RAPT理論+αのサイトには、「十二弟子の証」というものが掲載されていますが、最近の証はタイトルを読んだだけで読む気が無くなるタイトルなのです。

十二弟子の一人であるKAWATA氏は、「RAPTさんの言う通り日本が崩壊に向かっている」みたいなタイトルで証をしていましたが、はっきり言いますが、私の周辺においては崩壊のほの字も感じません。

むしろ、土日になると昼間の交通量が莫大に増えて、ショッピングモールなどの周辺は大渋滞を引き起こしていて、私も時々仕事に支障が出るほどです。

RAPT氏が言う通り、日本人の多くが不幸になっているならば、どうしてこのように人々が休日を満喫しようとするのでしょうか。

不幸になっていれば遊ぶ気になんかなれません。

このように私の周辺においても、RAPT氏の言うことと起きている現象にかなりの乖離(かいり)があるのです。

RAPT氏に疑念を抱くな、と言う方に無理があるのです。

そもそも何をもって日本が崩壊に向かっていると書いているのか、意味不明です。

それこそ「多くのコンビニが倒産している」「ライフラインがどんどん使えなくなっている」「多くの会社が倒産しまくり失業者で溢れている」などなど、明らかに目に見えて崩壊している様子を感じられなければ、誰が共感するというのでしょうか。

RAPT理論+αのサイトを見れば、誰しもが「この人たちは心に闇を抱えているんだなあ」と感じるはずです。

どうしてもっと希望的な幸福度のある記事を書けないのか、というのが私の主張です。

更には十二弟子の一人であるミナ氏が、「日本人がイスラエル民族と同じ道を辿ろうとしている」みたいなタイトルで証を書いていましたが、一体、何の証を、誰の証をしているのでしょうか。

私はタイトルを見ただけで読む気が失せました。

聖書も何も知らない人にとって、いきなりイスラエル民族を引き合いに出しても、さっぱり理解できませんし、そもそもこの二人の証は絶望を伝える話であり、どこに希望があるというのでしょうか。

この点においても、一般の方に向けての優しさ、配慮に欠けると言わざるを得ません。

と言いますか、一般の人々のことは無視して、RAPT信者に向けて発信しているとしか思えず、そんな狭いテリトリーの中で活動していながら、多くの人々を救いたいなんて、見当違いも甚だしいです。

と言いますか、まずは自分の証をするのが先だろう、と私は思います。

一旦、他人のことは脇に置いて、まずは自分が神の力によって大きな成果を為し、そうすれば自然と多くの人達があなたがたのことをもっと知りたいと集まって来ますから、あなたがたが自分の証をすることで自動的に他人のことを考えている、となるのです。

私の持論になりますが、自分の利益を求めること自体は何も悪いことでは無く、自分の利益を求めることで他人を不幸にするなどの不利益を与えるから悪となるわけで、自分の利益を求めることで他人を幸福に出来て有益に繋がるならば、むしろ自分の利益を求めるべきです。

上原浩治さんのユーチューブチャンネルに人が集まる理由は、本人が現役時代に知りたかったことを伺いたい、などの気持ちから始めた可能性も十分に考えられ、それが人々の知りたかった過去のエピソードにまつわる裏話と一致したんだと思いますし、人々の期待に応える、いや、それ以上のものがあると見る側が評価している現れです。

RAPT氏らには、上級国民に対して批判的なことを書く前に彼らを見習ったらいかがですか、と言いたいです。

RAPT氏のやっていることは、自分たちが正しいということを必要以上にアピールしているだけに過ぎず、相手の評価はどうでもいいような感じでは、人が集まって来ないのも道理だと思います。

自分たちを信じてもらえるような成果を出してもいないのに、自分たちを信じない人々が悪いなんて論理は、どこまでも自分勝手な横柄で横暴な言い分であり、それに加えてRAPT氏の神は、RAPT氏を信じない日本人を裁くとまで言い出す始末で、何という理不尽さでしょうか。

RAPT氏を信じない日本人を裁く前に、何の成果も出していないRAPT氏や十二弟子を裁く方が先でしょう。

神でありながら、こんな単純な理屈も分かっていないのであれば、信じる価値は全くありません。

私は、RAPT氏やRAPT氏の神を宣伝していた自分が恥ずかしくて堪りません。

正しいかどうかを判断するのは相手側であり、自分たちが本当に正しいと主張するのであれば、その根拠を理論だけでなく目に見える証拠として表すなどの、相手側が正しいと認めるしかない結果を示すべきで、かつ、そのための努力をすべきです。

RAPT氏や十二弟子の人達は、それこそ神から1000個も2000個も祝福を受けているわけでしょう。

それならば、それを証として書けばよいだけの話です。

世の中の暗いニュースの話などどうでもいいのです。

人々が聞きたいと思う話が、そのような暗い内容の話だとでも思っているのでしょうか。

RAPT氏も「世の中のものに執着するな」と言っておきながら、RAPT理論+αのサイトでは世の中の暗いニュースばかり伝えていて、あなたがたこそ世の中に執着しているのではないでしょうか。

私の気持ちを言えば、RAPT氏や十二弟子が今現在受けている神からの祝福が知りたいのです。

多くのRAPT信者も、きっとそのように考えているはずです。

それからRAPT氏についても、もっと自分を表に出すべきです。

「皆さん、私がRAPTです」と。

「自分の霊体が成長した人は私のような外見になります」とどうして自己紹介できないのでしょうか。

表に登場出来ない理由があるとしか思えません。

「神が許諾しない」という屁理屈を言うのでしょうが、非常にみっともなく情けない話です。

そもそもが、RAPT氏はRAPT理論+αのサイトを利用して、自分の証をしたことが一度もありません。

神の人の証こそ、多くのRAPT信者だけでなく、世の中の人達でさえ知りたいと思うはずなのに、どうしてやってくれないのでしょうか。

RAPT氏は、そんなにRART信者や世の中の人達の期待を裏切りたいのですか。

悪口になりますが、RAPT氏は「口だけ教祖」に成り果ててしまっているとしか思えず、もっと激しく言えば、ただの横暴で頭のいかれたどうしようもない頑固な嘘つきオッサン、としか言いようがありません。

このような中年オヤジは、私の周辺にも沢山いますよ。(笑)

RAPT氏の理論からすると、RAPT氏こそ工作員と疑われても仕方のないことをしていると思うのは私だけでしょうか。

世の中の会社でも、口だけ上司は最高の嫌われ者であり、陰で悪口を言われ続ける始末となり、周りの人達に害しか与えませんが、RAPT氏のやっていることは、まさにこれと同じです。

RAPT氏が言う通り、1万個の神からの祝福があれば、サイトを利用して紹介する絶好の機会となるはずなのに、もったいぶる理由は何かあるのでしょうか。

私であれば、多くの人々に信じてもらうために、十二弟子より率先して沢山の証を書いて、人々を集めるために尽力します。

RAPT氏は「人がたくさん集まらなくてもいい」かのような発言をしたように記憶していますが、伝道したければ人を集めなければ出来ないでしょう。

私の言う「人を集める」とは何も物理的にその場に集めるのではなく「多くの人々の関心や注目をRAPT氏に向ける」という気持ちの問題を意味しているのです。

そうやって見本を示した上で「俺と同じようにして付いて来い」と言うのが長としてあるべき姿なのではないでしょうか。

組織の長たる者、十二弟子や使命者に「ああせいこうせい」という前に、まずは自分が率先して行動しなければ駄目でしょう。

普通に考えて「嘘で偽物だとバレるから証できないのではないか」あるいは「馬鹿にされたくないから証できないのではないか」と疑われても仕方がないRAPT氏の行動なのです。

やっていることは詐欺師そのものです。

もしもRAPT氏が自分の証をすれば、それこそ偽物だと思われメッキが剝がされると、内心では怯えているのではないかと勘繰ってしまいます。

申し訳ないですが、RAPT理論+αのサイトに書かれている十二弟子の証の数も、極めて少な過ぎます。

どう考えても、それだけの数の祝福を受けているとは到底思えないほどの証の数の少なさです。

それこそ毎日のように証の記事がアップされていなければ嘘です。

本当に神から祝福を受けているのでしょうか。

人々に理解不能な霊的な祝福でもいいわけですから、それを毎日アップしてほしいものです。

RAPT信者たちのためにもそうすべきです。

そうすれば霊的な祝福がどのようなものなのかが、多くの人に知ってもらえる絶好の機会となるはずなのに、自分が受けている祝福を証として書くのではなく、他人の不幸を証として書くなど言語道断であり、到底、頭がまともな人のやることではありません。

陰湿な人間のやる行為そのものです。

申し訳ないですが、これほどまでに証の数が少なく、他人のことを書くことしかできないということは、証として書くネタが無い、と思われても仕方が無いと思います。

そもそもが十二弟子が書くRAPT氏の証も、全然少な過ぎで、無いに等しいとさえ言えると思います。

何度も書きますが、RAPT氏の受けている神からの祝福は1万個以上ですよ、1万個以上。

「本当に神から祝福を受けているのだろうか」と疑う私の方が、頭がおかしいのでしょうか。

まあRAPT氏が、自分の証を自分で書かず十二弟子に書かせるのも問題ですし、そもそもが祝福と言うのは個数の問題では無く内容の問題だと思うのですが。

1000個も2000個も祝福があったとしても、多くの人々を感動させられなければ、RAPT氏らの自己満足で終わるということです。

と言いますか、はっきり言いますが1個の莫大な祝福で、沢山の人々を感動させられます。

そのことは上級国民がすでに証明済みです。

いくら1000個も2000個もくだらなくて人々を感動させるどころか呆れさせるような祝福を書いたところで無用の長物でしかなく、それこそ下手な鉄砲です。

十二弟子の証を読んで、誰が神を信じようと思うのでしょうか。

何度も言いますが、RAPT氏や十二弟子の人達が、多くの人が羨むような祝福、それはつまり、大谷翔平選手の様な凄まじい成果を出してこそ、多くの人々があなたがたのところに集まり、神を信じる価値が大いにあると思ってもらえるのです。

例えば、あなたがたが神の力を活用して日本政府を倒し、新政府を樹立して日本の仕組み、法律を変え、多くの人々が暮らしやすい世の中に変えることが出来れば、日本人は全員が神の存在とキリスト教を信じ、それこそRAPT氏を神として仰ぐことさえ生じるのではないでしょうか。

日本人の生活が困窮していると言うならば、あなたがたの力で豊かに変えてあげたらどうですか。

他人の不幸がそんなに面白いですか?

百歩譲って、あなたがたの言う通り日本が崩壊に向かっているのであれば、あなたがたの力でその崩壊を食い止める働きを成そうとどうして考えないのでしょうか。

これが真に、人々に有益を与えようと考える人の思考回路です。

それこそ記事の中で「私たちはその崩壊を食い止めるべく、神の力に頼り、これこれの活動を行っている最中です」と、自分たちがやっていることを伝えるまでが証です。

「だから私たちは祈っているんだ」という逃げ口上はやめましょう。(笑)

世の中の人達でも、困っている人を助けようと行動する人は沢山いるのに、日本崩壊が仮に真実だとしても、RAPT氏らは逆に崩壊の様を指をくわえて見ているだけに過ぎない冷酷非情な無責任人間と言わざるを得なくなります。

記事に書いてそれでおしまいですか?

RAPT氏は常々「天の文化芸術を成し多くの人々に有益を与えなさい」と言っていたように記憶していますが、他人の不幸を伝えることが天の文化芸術であり、人々に有益をもたらすものなのでしょうか。

本当に多くの人々を救っていきたいのであれば、毎日のように神の証をすべきでしょうし、何よりどんな著名人も成し得ていない成果を出すべきです。

と言いますか、くだらい証を書く前に目に見える成果が先です。

神の力が備わっているはずなのに不可能だと言うならば、それはもはや神の否定そのものです。

行動で結果を示してこそ多くの人々が認めてくれる、こんなことは小学生でも分かる話です。

申し訳ないですが、RAPT氏のやっていることを分かり易く例えるならば、政治家が掲げる選挙前の公約と同じです。

選挙に当選後、口だけたったならばまだしも、公約そのものを撤回する政治家までいますが、RAPT氏も祈り会の言葉の中では同じようなことをしています。

そもそもが神の証というのは「人生の劇的な変化」を書くのが目的のはずではないでしょうか。

RAPT氏や十二弟子が、劇的に人生が変わっているように全く感じませんし、動画の更新や賛美歌の更新も滞ったままで、一体、どんな活動をしているのかさえ最近では不明瞭です。

と言いますか、あの程度の動画や賛美歌の作成では人生は劇的に変わりません。(笑)

ましてや、他人の人生なんて絶対に変えられません。

そのような活動で他人の人生を変えようなんて考えは、それこそ高慢の罪に他なりません。

あなたがたの劇的な変化は、その程度なのでしょうか。(笑)

申し訳ないですが、私の周辺の人たちの方がよっぽど、あなたがたより神業を成していると言えるでしょう。

つまりは、RAPT理論+αのサイトは口先だけのサイトであり、暗いニュースばかりを取り上げるサイトであり、人々の不幸を楽しむようなサイトであり、人々を不快にさせるサイトであり、人々に有益を与えるようなサイトになっていないと断言します。

私の書いている内容が誹謗中傷だと言うならば、その逆をやればいいだけのことです。

口先だけでなく成果を見せ、明るいニュースを取り上げ、人々に希望を与えることを記事として書いているならば、このような主張はしなくて済みます。

RAPT理論+αのサイトは、自分たちの活動を見せる場であり人々を神に繋げて救っていくためのサイトではなかったのですか。

だからこそ私はサイト支援として毎月少額ではありますが寄付を続けていたのですが、もはや寄付をするに値しない、むしろ、無くなった方がいいサイトだとまで考えるようになったから、寄付をやめたわけです。

このようなサイトに寄付を続けていた私は本当に愚かでした。

誤解の無いように言いますが、私は何もRAPT理論+αのサイトを貶めようとして書いているのではなく、人々を救う前提を忘れず、正しいあり方に変わってほしくて書いたということです。

もしもRAPT氏らが私のブログに辿り着き、私のことをRAPT氏らが工作員認定した時こそ、彼らが嘘であることがはっきりと証明され、RAPT氏の工作員認定には出鱈目しかないということが証明されます。※すでに証明されていはいますが。(笑)

一般の人には、私の書いた内容がごく普通のことを書いていると思っていただけると思いますし、RAPT信者にも共感してほしいのですが、誹謗中傷と感じるのであればいささか残念です。

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