このブログを読まれている方の多くが、「お前は暇だなあ」と思われていることでしょうが、それもそのはず、信仰を持っていた当時、4本の信仰の柱とやらに1日のかなりの時間を費やしてきたわけですから、時間が大幅に余るのも無理は無いでしょう。
ただ、私も警備員の一人として現場に出ることも増えましたので、一概に暇だとは言い切れませんが。
しかしながら、その暇な時間を使うことによって、たった一人でも騙されずに、たった一人でもRAPTの洗脳から目を覚ましてくれれば、このブログを書いている甲斐もあるというものです。
だって、騙されるということは、本人だけで済む問題などではなく、確実に周囲にも不幸をもたらすことに繋がるのですから、それを阻止することは非常に有益なことだと私は思います。
実を言いますと、私はRAPTの神から喜ばれているのではないかとさえ、感じています。(笑)
タバコを吸っている時や運転している時など、書きたいことが色々と浮かんでくるのです。
RAPTに洗脳されていた時には、伝道のための記事の構想はそれほど浮かばなかったというのに、今ではその時には無かった感覚です。(笑)
それでは、暇を持て余しているこの私が、今回は2025年4月26日の音声配信において、RAPTが如何にいい加減な話を語っているかをお伝えしたいと思います。
①旧約時代は行いだけで神様と愛を成そうとした時代であり、行いでは神様との距離が遠くなるらしい。
いやいや、ちょっと待ってください。
この言葉、明らかに逆だと感じませんか。
距離が遠くなるどころか、むしろ距離が近くなると考える方が腑に落ちるでしょう。
実は聖書を読んでいてはっきりと分かったことがあるのですが、旧約聖書に登場してくる使命者は全員と言っていいほど、神と会話しています。
一方で新約聖書に登場してくる使命者は全員と言っていいほど、神との会話が一切記録されていません。
新約聖書の時代は、霊的なものが溢れているというのであれば、尚更、神と会話が成されていないと嘘でしょう。
だって、神は霊なる存在なはずですから。
キリストであるイエスでさえも、神に祈るシーンは書かれてあっても、神と会話するシーンは一切ありませんが、普通に考えておかしな話です。
イエスがモーセやエリアの霊と会話している様なシーンならほんの少しありますが、それならば神との会話のシーンを書いてくれと思うのは私だけでしょうか。
どう考えても、旧約時代の方が神との距離が近いと断言してもいいでしょう。
確かにRAPTは神から啓示を受けてはいるものの、啓示=神の考えが浮かぶ、と本人が言っていました。
「神の声が聞こえるわけでは無い」と音声配信の中で彼は、はっきりと言っていました。
人間同士でも、会話が出来るからこそ距離の近さを感じることが出来るわけであって、相手の考えを想像するだけで、その相手との距離が近いと感じる人間は、果たして存在するのでしょうか。
皆さんは、神と直に会話できる人間と、単に啓示を受けている人間と、どちらが凄いと思いますか。
私なら、直に神と会話が出来る方が凄いと思います。
正直言いまして、神の声が聞こえるのが啓示だと言われればまだしも、神の考えが伝わってくるのが啓示だと言われても、私にはインチキにしか聞こえません。
もしかすると、自分の考えが浮かんでいる可能性もあるからです。
と言いますか、自分の考えですよ。
脳みそが本人の脳みそである以上は、自分の考えが浮かぶ方が当たり前の話であって、脳で神と疎通すると言われてもピンと来ないわけです。
RAPTが神の脳に移し替えられたのならば、啓示=神の考え、という捉え方は当然だと思いますが、RAPTは神の脳と移植手術をしたとでも言うのでしょうか。
人間の脳である以上は、自分の考えが混ざらない方がおかしいでしょう。
実際にRAPTも、人間の脳で活動しているからこそ、工作員を一発で見抜くことは出来ないわけです。
「神がRAPTの目を塞いでいる」なんて誤魔化しは、もはや通用しません。
しかもRAPTは神の人であり、霊力が備わっているならば、どうして旧約時代の使命者のように神と会話が出来ないのでしょうか。
そもそも啓示の前に会話だと思うのは私だけでしょうか。
神と会話が出来てこそ、今この時に神が考えている考えを確実に知ることが出来るのではないでしょうか。
RAPTが神から使命を受けてから10年近く経ちますが、一度も神との会話の記録が有料記事で書かれていたことはありません。
「祈りとは神との会話(対話)だ」とRAPTは言いますが、神の声が聞こえない以上はどこまでも一方通行な会話でしかないわけです。
いわゆる、独り言を言っているだけ、に過ぎず、世の中の人達でも独り言を会話だとは認識しませんよ。
世の中では独り言をブツブツ言う人のことを、おかしな奴だと考えます。
少々話が反れましたが、要するに、行いが無ければ人間同士でさえ愛を感じることは出来ません。
恋愛する男女は、どのように愛を確かめ合うのでしょうか。
「好きだよ」「愛しているよ」「お前が一番大切だ」などと、言葉だけで相手の愛を本当に実感することが出来るでしょうか。
勿論、言葉も必要ですが、果たして言葉だけで実感できますか?
絶対に出来ません。
行いが伴ってこそ初めて相手から愛を感じることが出来るわけだし、相手の言葉に嘘は無いと実感できるでしょう。
遠距離恋愛であれば、休みの度に彼女に会いに飛んでくる、とか、体調を崩した時に真っ先に駆け付けてくれるとか、毎日のようにメールでなく電話をくれる、等々、そのような目に見える行動によって相手の愛を確信出来て安心出来るのです。
どう考えても、旧約時代の方が神との距離が近かった、と言わざるを得ません。
②RAPTの現在の人間関係は、信仰を持った人としか関りがないらしく、祈りも阻害されていないらしい。
いやいや、ちょっと待ってください。
はっきり言いますが、工作員の侵入はどう説明するんだ、工作員と毎日のように関わっているではないか、という話になってきます。
毎度毎度工作員の侵入を平気で許してしまっているRAPTが、ようもこのような発言を平気で出来るものだなとつくづく感心します。
RAPTが関わっている人間は、確かに信仰者も多いでしょうが、それと同じくらい、いやそれ以上に工作員との関係性が生まれています。
工作員との関係も、当然ですが神がくれた人間関係でしょう。
本人もそのように言っていたように記憶しています。
つまり「工作員を使ってでも御心を成す」と言っていましたので、その理屈から言わせていただくと、RAPTは工作員を本当の信者だと思って騙されている、ということになるでしょう。
工作員だと騙されたまま深い祈りを捧げることが出来ているなんて、もはや言っていることが支離滅裂です。
だって、RAPT本人が「工作員がいると霊界が悪く変わり、祈りも深く集中できない」みたいな話を語っていたわけですから。
信者の振りをした工作員が傍にいたとしたら、祈りが阻害されないと嘘でしょう。
特にRAPT信者の皆さん、支離滅裂だと分かりますか?
そもそも「現在の人間関係は信仰を持った人とだけ関わっている」と語っている時点で嘘を付いているという他ありません。
一体いつまで工作員と押し問答のようなことを繰り返す気なのでしょうか。
一体いつになったら「私の祈りが叶い、工作員が誰一人として私の傍に来なくなりました」とRAPTが言う日は来るのでしょうか。
工作員と関わることが一切無くなってから言え!!って話です。
③神様との関係を阻害するものがあれば、それを捨てなければならないが、すぐには出来ないらしい。
いやいや、ちょっと待ってください。
はっきり言いますが、すぐに出来ないようなことを、さもすぐにやらなければいけないようなニュアンスで語るな、ということです。
もっと言えば、すぐにでも出来る可能なことを語れ、と言いたいです。
RAPT信者は、誰一人としてそのように思わないのでしょうか。
すぐには出来ない話や実現不可能な話のことを、世の中では「机上の空論」と表現するのです。
つまりはRAPTの語る話は、そのほとんどが机上の空論レベルだということです。
すぐに出来ないことを、さもすぐにやれというニュアンスで語るので、いつも怒っているように感じるわけです。
典型的なのが、「世の中の会社を辞めて自営でも始めた方がいい」というRAPTの意見です。
だいたい、RAPTだって自営業を始めるまでに、信仰を持ってから何年経過しているんだ、という話であり、つまりは、RAPT本人でさえすぐに出来なかったことを信者に求めるような有様です。
何度もはっきり言いますが、自営で食べて行けるくらいの力を身につけるのは、滅茶苦茶困難です。
それこそ神の力に頼っても不可能ではないでしょうか、RAPT信者の皆さん。
挙句の果てには「今現在、働いている会社が神との疎通を妨げないのであれば、今すぐやめる必要は無い」と過去の音声配信で発言していたように記憶しますが、どっちなんだ、と言いたくなります。
RAPT信者にはRAPTがまともなことを言っているように聞こえるでしょうが、私に言わせればブレブレ発言にしか聞こえません。
と言いますか、このようなレベルの話が神の語る話なのですか。
世の中レベルの話と中身は何ら変わらないと、いや、世の中以下と言ってもいい位でしょう。
多くの元プロ野球選手たちがユーチューバーとなって自らのチャンネルで様々な話を語っていますが、彼らの話の方がよっぽど為になる話をしています。
なんか、どうせ出来ないのならもっと壮大な話が出来ないのかなあ、といつも思っていました。
つまり、政治家になれ、芸能人になれ、などといった、一国一城の主を求める様な話は出来ないのか、といつも思ってました。
「そんな話は世の中の話と変わらない!」とRAPT信者から怒られるのでしょうか。(笑)
だから私は、RAPTの語る話も世の中と同等かそれ以下だ、と言っているのです。
世の中の会社で働くよりも自営がいい、と言うならば、その具体的なやり方を自分の経験則に従って信者に教えてあげればいいのに、と思うのは私だけでしょうか。
祈りなさい、聖書を読みなさい、賛美を捧げなさい、伝道しなさい、では、自営なんかいつまで経っても出来るようにはなりません。
霊力なんてもの、この世には一切無いのだから、そのようなことをしても肉的な結果がいつまで経っても出せないのは道理なのです。
申し訳ないですが、そのことはRAPT本人が最も証明済みだと思うのですが。
いや、RAPT本人だけでなく十二弟子も、その他の使命者も既に証明済みでしょう。
私の記憶では、RAPTが信者たちに自営について語ったことなど一度もありません。
自分がどのように自営で成功できたのか、自分がどのようにして自営を成すまでに至ったのか、RAPT自身の経験を信者たちに語る場面が一切ありません。
「詳しくは話せませんが」とRAPTはいつも言っていたように記憶しますが、逆だろう。
詳しく話せってことです。
普通ならば、何かを相手に勧める時というのは、自分の経験から相手に勧めませんか。
「あそこのお店は滅茶苦茶美味しかったよ、君も行ってみたら?」と勧める時には、基本的に自分が行って感動したからこそ相手にも勧めるわけでしょう。
そして具体的に何を食べたらいいのか教えるでしょう。
これと全く同じです。
私に言わせれば、RAPTのしていることは意地悪な人間のやることですよ。
勿論、個人個人の能力実力に違いがありますから、同じことが出来るとは限りませんが、それでも勧める以上は自分の経験談を大いに語るべきだと私は思います。
RAPTには、こういった親切心が大いに欠落していると言わざるを得ません。
相手にやれと言うからには、自分が成してきた過去の経験を大いに語ってあげるべきです。
それが出来ないというのは、やはりRAPTは神から大して何ももらっていない、と私のように疑うのも無理は無いでしょう。
少々話が反れてしまったかもしれませんが、とにかく、すぐには出来ないことを延々と語るなんて、どう考えても信者をなめているとしか言いようがありません。
世の中でも、力のない人達に対しては、まず出来ることから徹底してやらせるというのに。
このように、一つの音声配信を取っても突っ込みどころ満載となるのです。
これで神の啓示の話と言って良いのでしょうか。
聖書などの知識から自分の考えを語っているに過ぎないと私は思いますが。
私が思うに、RAPT信者たちは、RAPTの受けた1000個以上の祝福に興味が無いのでしょうか。
それでいてRAPT信者と名乗っていて満足ですか。
世の中の人達でさえ、有名人のファンともなればその人のことをもっと知りたいと興味を持つというのに、それを黙って聞き流すなんてRAPT信者の方こそ似非(えせ)RAPT信者だと言うしかありません。
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