私がRAPTのことを激しく批判する理由~「神の人」ってどんな人?~

多くのRAPT信者にとって、私が書いている内容は大変不快に感じながら読んでいると思います。

いや、読んでいないかもしれません。

ちなみに私は信仰をやめて1ヶ月半が経過していますが、未だにサタンの攻撃や神の裁きを思わせるような出来事は起きていません。

それどころか、仕事も忙しく、現場で仕事をしていても、相手から感謝されることも多々あり、正直なところ祝福を受けているのではないか、と感じるような日々を送っています。

負け惜しみに聞こえる人もいるのかもしれませんが(特にRAPT信者は)、本当にそうなのです。

もしもサタンの猛攻撃や神の裁きがあったとしたら、それこそ私はそれを隠すことなく記事にして、同じような目に遭う人が一人でも減るように、私に出来ることをやります。

神の裁きがすぐにやって来ないのは理解も出来ますが、サタンの猛攻撃を一切感じないという現実について、RAPT信者はどう説明するのでしょうか。

神の裁きの到来は遅くてもサタンの攻撃の到来が遅いというのは、それだけでも、RAPTの語る話が嘘だと証明していると思いますが。

RAPT信者だった私が、RAPTを批判せずにはいられない事情がご理解できますか?

どうして私がRAPTを激しく批判するのかと言いますと、単純なことで、彼が「神の人」と自称しているからです。

「聖書の歴史を締めくくる最後の使命者として神から遣わされた」とRAPT本人が自身のことを語っていたからです。

特にRAPT信者の皆さんに問い質したいのは、今のRAPTを見て、また、これまでのRAPTを見て、本当に「神の人」だと心から思うことが出来ますか?

仮に、RAPTが普通の庶民で、神の人でも何でもなければ、逆に批判すべきことは何もありません。

写真集と賛美歌にしても、素人が作ったにしては良い出来だと、素直に感じています。

勿論、写真については、お金を取れるレベルかと言えばそのレベルまでは無い、と思いますが、素人が撮影した割には、上手く撮影出来ているのではないでしょうか。

また、賛美歌にしても、AIを駆使して作ったのでしょうから、普通の素人にはなかなか真似できないことであり、ある意味では凄いと評価できるわけです。

しかしながら、RAPTは「神の人」なわけです。

この前提は非常に大きく、だからこそ、批判すべきことがズラリと出て来てしまうのです。

「神の人」が、素人として比較や評価されても、どうしようもないわけです。

そもそも、RAPT信者にとって「神の人」とは、どのような人物をイメージしているのでしょうか。

現在のRAPTが「神の人」と言えるだけのものを何か残しているのでしょうか。

「毎日のように神から啓示を受けているではないか」とRAPT信者は反論するでしょう。

確かに、毎日ではないにせよ、神から啓示を受けることは凄いことなのかもしれませんが、啓示では神の力を誰にでも証明できるほどの効果はありません。

しかも、有料制にして誰でも読めないようにしている時点で、全日本人に対して神の力を示すことは出来ません。

そういったものを「神からの賜物」と言われても、インチキ扱いされて終わりでしょう。

過去の記事にも書きました通り、私が考える「神の人」とは、神と直接会話が出来ること、だと考えます。

神からの啓示は、神の考えが浮かぶそうですが、それだけでは人間の力によってでも可能なのではないか、と疑う余地を残してしまうのです。

RAPT信者は旧約聖書も存分に読まれていることと思いますが、モーセが書いている「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」の五書は、啓示だけで書けるような内容では無い、と思いませんか。

幕屋建設の指示にしても、事細かく詳細に数字(寸法)まで指示されていますが、あんなのは神と会話が出来なければ不可能でしょう。

神の考えが浮かぶだけで、あのような詳細な内容は、専門家でもない限り絶対に書けません。

実際にRAPTが受けている神の啓示の内容は、そのほとんどが精神論と言っても過言では無いでしょう。

申し訳ないですが、RAPTの語る話なんて、心理学を学べばある程度は可能です。

モーセが神から受けた構想のように、様々な分野に関して専門家以上の内容の啓示を受けていれば、神の啓示=神の考えが浮かぶ、というRAPTの言い分にも信憑性は出て来るでしょう。

申し訳ないですが、RAPTが受けている啓示の内容も、人間の域を超えている様な話とも思えず、基本的にはRAPTが自分の頭で考えていると思うしかないのです。

だからこそ、話の内容がインチキ臭い霊的な話が中心になってしまい、肉的な話を具体的に語る機会がないのではないでしょうか。

勿論、本当に神から受けている考えもあるでしょうが、実際に過去の音声配信で語った話が繰り返されている話も意外と多いのです。

そういう事実があれば、所詮は人間の頭で考えているに過ぎない、と思われても仕方が無いでしょう。

と言いますか、写真集を作るにしても、賛美歌を作るにしても、神から直接指導を受けて作るべきものではないのですか。

もしも神から直接指導を受けて作ったというのならば、有料記事にてその指示を全部とまではいかなくとも、一部を公開しても良さそうなものです。

残念ながら、そのような形跡も無く、有料記事でも紹介されていません。

しかもあの出来では、RAPT自身の実力で作ったに過ぎない、と誰が見ても思うでしょう。

あの作品は、どこまでもRAPT自身の実力の表れであって、神の力が臨んでいるようには全く感じません。

なぜRAPTはモーセのように様々なことが出来ないのですか。

モーセであれキリストではないわけで、でもキリストでなくとも、旧約聖書のモーセ五書のように、奇跡を起こしたり幕屋を作ったりしているわけでしょう。

ある意味、イエスキリストよりも凄いですよ。(笑)

モーセの後継者であるヨシュアにしても、戦争で勝つために神から具体的に指示を受けているのです。

突拍子も無く書きますが、Kさんの仰せの通り、聖書の神とRAPTの神はルシファーであることに間違いないので、まあ今となっては、旧約聖書の内容も、どこまで信じていいのか疑わしいです。

ちなみに、Kさんのブログには、Kさんとルシファーの会話の記録が残されていますが、信憑性は別として、RAPTにも同じことをやってほしいわけです。

RAPT曰く「旧約時代の方が現代よりも人間の知能レベルは落ちる」と語っていたように記憶します。

しかしながら、明らかにモーセやヨシュアの方がRAPTよりも遥かに凄く、知能レベルが現代よりも低いとは到底思えないレベルの話です。

奇跡を起こす様な人間の知能レベルが低いと考える人間が、現代においても果たしているのでしょうか。

と言いますか、逆に知能レベルが高過ぎて理解できない、と評価されるでしょう。

「旧約時代の人間達は、知能レベルが現代の人間達に劣るがゆえに、神が直接指示をする他なかった」というような、苦し紛れの言い訳でもするつもりですか。

いいですか、神と直接会話が出来るなんて、これほど凄いことはないです。

相手は肉体を持たない霊なんだから、その相手と会話が出来るなんて、旧約時代の人間のレベルは超人レベルですよ。

それに比べれば、RAPTが書く啓示なんて、大人と子供の差くらい開きのあるレベルです。

しかも、RAPTは神から使命を受けて8年になりますか。

8年経過しても、神から与えられているのは啓示だけというのは、「神の人」であれば不自然だと感じませんか。

有料記事にも創意工夫は一切感じられず、内容が8年前と全く変わらないわけです。

何度も書きますが、申し訳ないですが、啓示というものも人間の力で可能なレベルです。

「それならお前がやってみろ」と言われそうですが、世の中の人間でも自分の実力の無さを棚に上げて、そのように発言するみっともない人間がいますが、それと同じになってしまいますよ。(笑)

絶対に他の人間には出来ないことであれば「お前もやってみろ」という反論でなく、実際に神の力を見せてくれるのではないでしょうか。

論より証拠という言葉の通りで、RAPTがモーセのように奇跡的なことを起こしたり、神から直接指示を受けて行動したり、といったことを成せばいいだけの話です。

それらが出来て初めて「神の人」と言えるのではないでしょうか。

一体いつになったら、RAPTは神と会話が直接できるようになるのでしょうか。

だから私はRAPTを痛烈に批判するしかないわけです。

それでいてRAPTは物凄く偉そうにしているじゃないですか。

あれは不思議ですねえ。

あの自信は、一体どこから来ているのでしょうか。

神からじゃないとすれば、ただの傲慢な性格と言わざるを得ません。

私としては、RAPTがモーセのようなことを成してくれることを心から期待していたのです。

別に皮肉でも何でもなく、本当に純粋に期待していたのです。

しかしながら、現時点でそのような成果を出している様子は微塵もありません。

RAPTのやっている全てのことが、人間レベルを超えているようには映らないために、私は指摘する他ないわけです。

聖書の歴史を締めくくる最後の使命者が、モーセのようなことさえ起こせないなんて、いい恥さらしですよ。

聖書の歴史を締めくくる最後の使命者であれば、それこそ旧約聖書に書かれている奇跡や出来事と、新約聖書に書かれている奇跡や出来事と、同じことが出来なければ聖書の歴史を締めくくることなんて出来ないだろう、って話です。(笑)

聖書の歴史を締めくくるなんて豪語して、みっともないと思わないのでしょうか。

間違いなくRAPTは、世間のいい笑い者ですよ。

RAPTはイルミナティに対して「壮大な嘘は見破られにくいから壮大な嘘を言う」みたいな発言をしていましたが、まさに自分も同じことをやっているという現実に、本当に笑わせてくれます。(笑)

そんなRAPTを5年間信じた私も、人のことは言えませんね。

「じゃあ言うな!」とRAPT信者から突っ込まれますね。

始末が悪いのは、RAPTは東出融氏と違って、人を騙しているのが意図的でない点です。

東出融氏は意図的に人を騙す詐欺師であったので、暴かれたら去っていくしかないわけですが、RAPTは自身の活動に正義感を持って100%の信念でやっているので、そもそも人を騙している認識が皆無なため、非常に厄介なのです。

だから有料配信もやめようとしませんし、写真集などを出版してお金稼ぎをしますし、工作員問題も片付かないわけです。

そう言えば私も経験がありますが、自分の何気ない一言や何気ない行動が相手を傷つけていた、という経験がありますが、RAPTのやっていることはこれと全く同じです。

私は気づく機会もありましたが、RAPTには気づく気配すらありません。

そんな人が善良で愛ある人だなんて………。

RAPT信者の皆さん、それから、RAPTの傍で活動している十二弟子や使命者の皆さん、私の知らないRAPTの人間レベルを超えていると誰が見ても分かるようなエピソードを、是非コメント欄にて紹介して下さい。

そういう人が現れてくれなければ、私は今後もRAPTを、RAPT理論を、キリスト教を、聖書を批判していくしかないのです。

どうぞご勝手に、と言われそうですね。

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