RAPTが語っている多くの数字について、実はルシファーと繋がりのあることがKさんのブログにて紹介されていますので、私の方からも簡単に伝えさせていただきます。
①「7」と「12」は、神を示す数字でも何でもなく、完全数でもない。
まず、RAPTは「完全数」の意味を分かっていません。
RAPTは「7」と「12」を「完全数」と表現していますが、数学にある程度精通している私からすると、笑ってしまう話です。
意味を理解せずに言葉を使ってしまうと、大恥をかく羽目になりますから、皆さんもご注意ください。
「完全数」とは何か、少し説明しておきましょう。
「完全数」とは、自分自身を除く正の約数の和が自分自身に等しくなる自然数のことです。
例えば、6の約数は1、2、3、6ですが、自分自身である6を除いた約数1、2、3の和は1+2+3=6となり、元の数と一致するため、6は完全数です。
同様に、28の約数は1、2、4、7、14、28で、28を除いた約数の和は1+2+4+7+14=28となるため、28も完全数です。
では、「7」と「12」について見てみましょう。
「7」の約数は、1と7ですが、7を除く約数は1のみですから、約数の和が7になることはありません。
「12」の約数は、1、2、3、4、6、12ですが、12を除く約数の和は、1+2+3+4+6=16となり、従いまして完全数ではありません。
このように、言葉の意味を理解せず、「7」と「12」が神に通じる数字だからと言って、加えて、神は完全な存在だから「完全数」と表現しているのかもしれませんが、世間では何も知らない頭の悪いオッサンにしか映りません。
数学上の完全数の意味をRAPTが説明している上で完全数を語っているならばまだしも、そのように語ったことは一度もありません。
どうしてRAPTは「完全数」という言葉を用いたのか、私なりに考察しましたが、完全数の一番最初に登場する数字は「6」というRAPTに言わせればサタン数なので、ルシファーが敢えてRAPTに「完全数」と表現させたのではないか、という私の推理です。
当たらずとも遠からず、という気がしませんか?(笑)
RAPTの神なるルシファーによって、恥をかかされているということで、何とも憐れなお人です。
要するに、「7」も「12」も完全数では無いどころか、実は神を示す数字でも何でもありません。
むしろ、「12」に至っては、ルシファーに通じる数字のようで、これは流石にアウトでしょう。
ちなみに、Kさんによりますと、ルシファーの姿は竜のような姿をしているようで、12枚の羽根を持っているそうです。
本当かどうかは別として、確かに世の中に出回っているルシファーを描いた作品には、12枚の羽根のようなものが付いています。
少々余談になりますが、日本列島もどうやら、ルシファーが自分の姿に似せて作ったようで、どこか竜のような形になっているのも頷けるところではあります。
しかも、世界も日本列島をモチーフに作られているらしく、それこそ、アフリカ大陸は九州を、オーストラリア大陸は四国を、ユーラシア大陸は本州を、アメリカ大陸は北海道をかたどっている、などなど、言われてみると確かに日本列島にそっくりだなと感じました。
真実かどうかが問題というよりは、RAPTの説明とKさんの説明が、どちらに納得できる要素があるか、というのが大事なわけです。
ルシファーのことや日本列島のことなど、真実であろうがなかろうが、世の中の大半の人達にとっては生きていく上での支障は全くありませんので、そういった意味で、真実かどうかは問題では無いと主張しています。
しかも、明らかにKさんの説明の方が、現実と合致する部分が多いので、納得感が得られるということです。
従いまして、RAPTの主張の多くは嘘だと断定しても良い位ですから、下手に信じてしまうと頭がおかしい人間だと周囲から思われることでしょうし、それだけならばいいですが、生活に支障を来しますので、RAPT信者はご注意を。
話を元に戻します。
RAPTは、活動を始めた頃から「12弟子」に拘っていますが、それもRAPTの神がルシファーだから、という説明で十分理解できます。
新しいことを好む神なはずなのに、どうして現代においても新約時代の12弟子の真似に固執するのか、私には意味不明と思えてならなかったのですが、RAPTの神がルシファーだと分かった時に、ようやく納得がいきました。
ご興味のある方は、Kさんのブログの記事を探して読んで下さい。
イルミナティ(上級国民)が作る様々なアニメ作品などを紹介しながら、理路整然と書かれてありますので、「12」が如何にルシファーと密接に繋がる数字であるかが理解できると思います。
また、新約聖書だけでなく、旧約聖書にも「イスラエル12支族」が登場しますが、このように聖書は、くどい位に「12」に拘っているのがよく分かります。
「7」についても、パチンコなどのフィーバー図柄は「7」ばかりですが、RAPTの神は、当然ながらギャンブルについても忌み嫌っているはずです。
それにもかかわらず、未だにパチンコやスロットの機種は、フィーバー図柄に「7」を使用していますが、RAPTの神はそのことを裁くどころか、放置している始末です。
言語道断で有り得ないでしょう。
本当に神聖なる数字だと言うならば、ギャンブルに使用するなど以ての外でしょう。
RAPTには、それさえも止める力を有していないわけで、それでいながら「神の人」と自称していて恥ずかしくないのでしょうか。
そう言えば、たばこの銘柄にも「セブンスター」や「マイルドセブン」なる商品がありますが、RAPTの神は「酒とたばこは絶対にやめなさい」と、酒とたばこを罪呼ばわりしながら、たばこの名称に使用するのを放置している始末です。
言語道断で有り得ないでしょう。
更には、RAPTはコンビニを悪と表現していますが、コンビニの名称にも「セブンイレブン」がある通りで、平気でイルミナティ(上級国民)が使用するのを放置している始末です。
言語道断で有り得ないでしょう。
「7」を神の数字と言いながら、RAPTが罪や悪と断定したギャンブル、たばこ、コンビニ等に使用していることを、神が放置し許諾している理由を、RAPTは合理的にどう説明するつもりでしょうか。
絶対に説明出来ないでしょう。
こういうのを、世間一般では矛盾と表現するのです。
矛盾のあるところ偽り有りです。
改めて具体的に説明すれば、「「7」が神の数字」というのが嘘、あるいは「ギャンブル、たばこ、コンビニが罪であり悪である」というのが嘘、ということであり、要するに、どちらが嘘だとしても完全に支離滅裂になっていると言えます。
こうやってルシファーは、実のところ、嘘が生じていることを、現実世界を通して、しっかりと伝えているわけです。
こんな単純な矛盾に気付けないRAPTとRAPT信者が、世の中で最も知能の高い人間だと感じますか?
むしろ、世の中でも知能の低い人間の部類に入るでしょう。
そのような人間から、一体何を学べるというのでしょうか。
だから、RAPT信者(特に川田さんやナナさん、ミナさん)は何の成長もしないわけで、まさに道理というわけです。
「7」については、サタンが6で神が7だとRAPTは語っていて、加えて「その差は1しかないが、信者が実力を身に付ければ77にも777にもなり、その場合、サタンは66や666の力となり、サタンとの差が11や111となり、どんどんと開きが出て来てサタンに勝利し易くなる」と説明していましたが、この話、しっかりと理解できる人はいるのでしょうか。
正直なところ、私にはさっぱり意味不明にしか聞こえませんでした。
もはや、語るレベルの話に無いほどに、馬鹿げた話であり理解不能な話なのです。
このような話しか出来ないのがRAPTというわけで、笑ってしまうでしょう。
そう言えばRAPTは「12弟子に私を含めたら13人になる」と言っていたことがありましたが、私はその話を聞いた当時(信仰を持っていた当時)「13は駄目だろう」と思いました。
多くの人がご存知でしょうか、「13」はイルミナティ(上級国民)が好んで使う数字です。
ドラマのタイトルや漫画のタイトルなどに、数多く使用されている通りです。
どうしてイルミナティ(上級国民)は「13」を使うのかと言いますと、ルシファーに付いている12枚の羽根について自身を支えるものと見なしていて、それを現実世界や作品等で羽を人間に例えていて、それを「13」と表現しているわけです。
RAPTは、知らず知らずの内にルシファーに隠されている秘密を語っている、と言えそうです。
「13」はまずいと思ったのか、すぐさま「更には三位一体(神、聖霊様、御子)を足せば16人となり、1+6=7だ」と言っていましたが、これもまた問題発言なのですが、次の項で説明します。
②11月11日は、神と人間が出会ったことを祝う祝祭の日と定めているが、RAPTは「11」をサタン数と主張していながら、これは一体どういうことなのか。
RAPTの説明によると、「11月11日は「1」が4つあり、神、聖霊様、御子、人間の4つを示している」と説明したことがありましたが、よくよく考えますと、普段から信仰者を守ってくれているはずの清い霊たち(聖霊と表現するようです)は、完全に仲間外れになっています。
このことに気付いていないRAPT信者ばかりでしょうから、騙しやすいですよね。
まあ確かに、信者にとって、神や聖霊様や御子は特別な存在かもしれませんが、毎日のように信者に付き添っている清い霊たちのことを、祝う日に放っておいていいはずがないでしょう。
むしろ逆に、清い霊たちにこそ、もっと感謝を示そうとすべきではありませんか。
例えば、世の中においても、有名人や芸能人といった存在は特別な存在ですが、いざ何かを祝う時には自分の身近な人のことをお祝いするでしょう。
自分の身近な人達の祝いは放っておいて、有名人や芸能人の誕生日を優先して祝う人が果たしているとでもいうのでしょうか。
私が神であるならば、「私のことはいいから、普段あなたがたを守ってくれている清い霊たちと祝いを催しなさい」と指示します。
ちなみに、私は従業員に少額ですがボーナスを出した時がありましたが、従業員の一人が私に感謝の意味を込めて、そのボーナスでお酒を買ってくれましたが、私は「有難いけど、私にではなく、両親や自分が世話になった人に恩返ししなさい。その方が私にとっても嬉しいよ。」と諭しました。
少なくとも神であるならば、私のような配慮と言いますか気持ちが必要だと思うのですが。
ある意味では、11月11日における祝祭の在り方は酷い話だ、という捉え方さえできるわけです。
まあ、清い霊たちというのは存在しませんから、仲間はずれにしたとしても何ら問題ない話ですが。(笑)
こういった穴があるような話が、神の語る話として成立していいのでしょうか。
私が先の項の最後で「問題発言だ」と表現した意図が、ご理解いただけたでしょうか。
しかも、11月11日なんて、「11」が2つも出てくるわけで、サタンを示す数字にさえなっているのです。
9.11や3.11を、RAPTは殊更取り上げて、「11」をサタンに通じる数字だと語っていたにもかかわらず、です。
ましてや、「11」は神をサタンに変える数字だと説明していながら、です。
流石に、これも駄目でしょう。
私はかねてより、「どうして7月7日や12月12日を祝祭の日として設定しないのだろうか」と不思議でならなかったのです。
なぜ、RAPTは敢えて11月11日を祝祭の日として定めるように神から啓示を受けたのでしょうか。
その答えは簡単明瞭です。
答えの一つとして、先ほど書きましたように、7も12も神を示す数字でも何でもないからです。
もう一つの答えは、やはりRAPTの神がルシファーであるためであり、暗に自分のことを示しているからだ、と考えた方が整合性が取れるでしょう。
Kさんが仰せの通り、ルシファーは自分が聖書の神でありRAPTの神であることを示す余地を存分に残しているということです。
まあ、分かってみれば余地どころではありませんが。
ちなみに「18」にちなんだ日については、イルミナティ(上級国民)に使わせているということです。
「三位一体に人間を加える」という御託を並べることによって、もっともらしく聞こえますから、「11」というサタン数を使用しても、RAPT信者には気付く余地など無く、確実に騙されます。(笑)
と言いますか、完全に騙されていますが。
だから11月11日に設定したのでしょうが、そもそも「1」がどうして神や人間を示す数字となるのでしょうか。
いくら何でも唐突過ぎるでしょう。
そういった屁理屈のような話が罷り通るのであれば、神の世界はもはや、何でもありの世界になってしまいます。
ちなみに、11月11日だからと言って、私は特別な何かを感じたことなど一度もありませんでした。
私はRAPTに騙されていた当時、私には何か問題があるのではないか、といつも考えたほどでした。
しかしながら、今となっては何も感じないことこそ正しい感覚だったと理解できます。
余談ですが、コンビニのセブンイレブンという名称は「神とルシファーの融合」と取れなくもありません。
実際に、似たようなことをイルミナティ(上級国民)たちも言っているようですから。
そして、RAPTの神は11月11日を祝祭の日に設定した理由を、もう一つ語っていました。
10月31日はハロウィンの日です。
その日から11日後が11月11日だと言うのです。
RAPTの神は「神をサタンに変える数字が11ならば、私も11を使ってサタンを神に変える」とRAPTに音声配信で言わせたことがありました。
どうして神ともあろう者が、サタンの真似事をするのでしょうか。
これでは、神とサタンのレベルが同じだと言っている様なものでしょう。
神ならば神らしく、独自の方法でサタンを神に変えなければ駄目でしょう。
そもそも、10月31日がハロウィンだからと言って、どうしてサタンの日みたいになるのでしょうか。
それこそサタンの日ならば、クリスマスの日でもいいでしょうし、どの日でも設定していいでしょう。
まあ、百歩譲ってこのことを良しとしても、神は「11」に拘っていることには違いありません。
善良で愛あるはずの神が「11」に固執していることこそ、大問題なわけです。
どうして「11」に拘るのか、それは神の正体がルシファーだから、この一言に尽きます。
ということは、9.11や3.11を引き起こしたのも、RAPTの神だという話になってきます。
これは一体………。(笑)
最後に、サタンは地震や気象災害を起こす時に日付や時間を定めて、足し算方式で「18」となるように設定しますが、実を言いますと神もサタンと全く同じことをやっています。
イルミナティに対する裁きが2016年6月19日から始まった、とRAPTが語っていたことがありましたが、その時の説明によりますと、まず西暦を足して2+0+1+6=9になり、月日を足して6+1+9=16となり、更に9と16を分割して足して9+1+6=16となり、16を分割して1+6=7になるから神の業だ、と説明していました。
聞いていた当時は凄いと愚かにも思いましたが、よくよく考えますと、やっていることがサタンと同じではありませんか。
神ともあろう者が、サタンと同じように、こういった数字遊びしか能が無いわけで、これでいて全知全能だと誰が思うのでしょうか。
このような低レベルなお遊びのようなことをしているのも、RAPTの神の正体がルシファーだから、ということで説明十分でしょう。
サタンと同じことをやるのも、ルシファーがサタンそのものであるからこそであり、RAPTの神の正体がルシファーだから、ということなのです。
RAPTが麻生太郎の悪事を暴いた時に「何を探っても全部麻生太郎に繋がる」と豪語していましたが、今となっては「何を探っても全部ルシファーに繋がる」と言っておきましょう。
無理矢理繋げようとしても、流石にここまでは繋がりませんよ。(笑)
RAPTはイルミナティ(上級国民)に対して様々な批判を語って来ましたが、その批判はそのまま全部RAPTにも当てはまることであり、余りにもタイムリー過ぎるブーメランぶりに感心させられます。(笑)
ある意味、RAPTは下手なお笑い芸人より笑いが取れると思います。
RAPTの現在の活動の本当の目的は、笑いを取ることにあるのかもしれません。
RAPTという名でお笑い芸人としてデビューしたら如何ですか。
その方が、現在の活動よりも人々に有益を与えられるのではないでしょうか、と皮肉ったところで、今回の記事を締めたいと思います。
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